異世界から召喚された勇者のせいでスペア落ちした俺と、幼馴染の聖女。
Yuki@召喚獣
勇者候補
「将来の勇者候補」
幼い頃に両親が亡くなった。流行り病だった。
辺鄙な寒村生まれの俺にはどうしようもなかった。親もいない。流行り病で村は壊滅。魔物もうろうろしている。
幼いながらにも「俺ってここで死ぬんだな」って思ってた。田舎の学のない子供だ。生きる希望なんて持ってなかった。
もう何日もまともにご飯なんて食べてなかった。魔物に見つからないようにこそこそと過ごしていては、食糧なんて確保できるわけがない。飲み水だってそこらの地面に溜まってた泥水だ。
呼吸が浅くて焦点が定まらなかった。力だってまともに入らない。そりゃそうだ。死ぬんだなって諦めてる人間が元気いっぱいなわけがない。
死にたいわけじゃなかった。もっと生きていたかった。でも俺には無理だった。
隠れていた場所が魔物に見つかって、その牙の餌食にされる。それなのにそれを眺めていることしかできない。
そんな俺を救ってくれたのが王子だった。俺とそんなに年も変わらないのに、目は力強く、覇気があって、何より生きる希望に溢れていた。
「この村の者を誰一人見捨てるな! 魔物を駆逐しろ! 生き残りを探し出せ!」
自分より体も大きくて年もだいぶ上の騎士に命令する王子に、俺は光を見た。
王子のその命令で俺は救い出されたのだ。
「君が……そうか」
救い出された俺を見た王子は俺を見てなんだか納得したようだった。俺には何のことかさっぱりわからなかったけど、この時のことを後から王子に教えてもらった。
「私と一緒に来てくれるか?」
刺し伸ばされた手を俺は掴んだ。
この人に救われた命だ。本当ならここで死んでいたのだ。
だから、俺の命はこの人のために使おう。
王子の手を握った瞬間、俺はそう決意した。
そうして俺は「将来の勇者候補」として城に迎えられたのだ。
城に迎えられた俺に待っていたのは暖かな食事と安全な寝床、それから徹底的な教育と激しい訓練だった。
国の歴史や地理、経済、貴族関係の知識や社交界、テーブルマナー。読み書き計算。田舎の寒村で過ごしていた俺にはどれも無縁のものばっかりで、本当に苦労した。
お城で過ごすから先生も当然貴族で、ただの平民だった俺は相当見下されてたと思う。ただ貴族っていうのはそういうもので、別に悪い人ではなかったのは確かだ。むしろ俺に好意的だったとさえ言っていい。悪魔のように厳しかったし、泣きべそをかいてもさらに厳しくされるだけだったけど、結果が出ればちゃんと認めてくれるし褒めてもくれた。
「将来あなたが恥ずかしい思いをしたくなければ、ここで今存分に恥をかいておきなさい」
先生はよく俺にそう言っていた。恥ずかしい真似をすれば容赦なく叱責が飛んできたけど、先生の言っていることはもっともだ。
教育と並行して行なっていた訓練は、いわゆる戦うための訓練だった。「勇者候補」なんだから当たり前だ。
なんでも俺が大人になる頃に「魔王」とかいうのが復活するらしい。「魔王」っていうのは相手の名称がわからないから便宜上そう呼んでいるだけで、別に魔物の王とかそういう訳ではないらしいけど。ただ、魔物を操る力を持っているから「魔王」。単純だけどわかりやすい。
とにかく、そいつが復活すると人類にとって相当に危険らしく、そいつが復活したら速やかに討伐しなければならない。
もちろんそもそも復活しないためにこの国もいろいろ調査をしているみたいだけど、結果は芳しくない。どこで復活するというのもわからないし、どうやったら復活を阻止できるかもわからない。
復活する、というのがわかったのも十年に一度だけ行われる「神の啓示」によって教会に存在が伝わったからわかっただけで、人間が調べたわけじゃない。
この魔王とかいうのは普通の人間では倒せないらしい。詳しいことは知らない。
どうやら俺はその魔王が倒せる数少ない人間ということらしい。だから「勇者候補」なんだ。
戦い方も知らない子供がいきなり戦えるわけなんてない。だから城に来てからはずっと戦闘の訓練をしていた。
お城の騎士の人が交代で俺にいろいろなことを教えてくれた。
基礎体力のつけ方。体のメンテナンスの仕方。剣の使い方。槍の使い方。弓の使い方。盾の使い方。武器が無くなったらどう戦うか。人を守るためにはどう立ち回らなければいけないのか。
「勇者候補」なんて言われているけど、俺には戦う才能が人並みにしか無かった。まったくできないわけじゃないけど、騎士の人からしたら俺は本当にただのガキだっただろう。
才能がない分は必死に努力した。寝る間も惜しんで剣を振って、槍を振って、弓を手に馴染ませた。騎士の人にぶっ飛ばされてもぶっ飛ばされても立ち上がって、騎士の人にくらいついた。
「お前には戦う才能は無いかもしれないが、とんでもない根性がある。戦いってのは最後に立ってたやつが勝つんだ。だから、お前は魔王にだって勝てるよ」
ある日の訓練の終わりに騎士団長にそう褒められた。俺はそのことが凄い嬉しかった。
騎士団長は寡黙で、そのくせ訓練は強烈な人だった。まさに叩き上げで騎士団長になったような人で、騎士の人からはとても慕われていたけど、その分貴族の人からは良く思われていなかった。
めったに人のことを褒めない騎士団長から褒められたら、それだけで自慢できる。
ずっと一緒に訓練してきた騎士団の人たちは家族みたいで、俺が騎士団長に褒められたことを喜んでくれた。
何度も何度もぶっ飛ばされても立ち上がれていたのは、何も根性だけの賜物じゃない。流石に俺だって人間だから体が痛めつけられれば立ち上がれなくなる。
その度に俺を回復してくれたのが、この城に来てから出会った、俺とそんなに年の変わらない一人の女の子。
教会から「聖女」として扱われている「アリアンナ」という名前の女の子だった。
教会に所属している人は家名が無い。だから「アリアンナ」が彼女のフルネームだ。
アリアンナは陽の光を反射して柔らかく光る綺麗な銀の髪と、意志の強い赤色の瞳をした楚々とした女の子だった。
誰にでも優しいけど自分の意志はハッキリと持った、年の割にはしっかりとした子だった。
この国の歴史的に、勇者は聖女と結婚するらしい。別に国としてそういう決まりごとがあるわけではないけど、歴史書を紐解くとそういった例が過去に何度かあるみたいで、俺とアリアンナも将来そうなるんじゃないかと言われていた。
そうやって周りから言われて意識したわけじゃないけど、俺はアリアンナのことを少なからず想っていた。
年が近くて、厳しい訓練の傍にいてくれて、怪我を治してくれて。そのうえ可愛くて優しくしてくれる。
思春期のガキがそんな女の子のこと好きにならないわけがなかった。
「あまり無茶はなさらないでくださいね? 訓練が大事なのはわかりますけど、それであなたが倒れてしまっては本末転倒です」
「ごめん。気を付けるよ」
「もう! この間もそう言って、今日もボロボロになってたじゃないですか!」
俺とアリアンナは時間が合えば城の隅で二人の時間を楽しんだ。俺は彼女と過ごす時間が好きだった。彼女もそう思ってくれてるといいなと思っていた。
俺と話している時の彼女の表情が、他の人と会話をしている時よりも柔らかく見えたから。俺が彼女の心を癒せていたら良いなと思っていた。
「ね、私たち。将来結婚するんでしょうか?」
「突然どうしたの?」
「いえ、ちょっと気になっただけです。先のことはわかりませんけど、周りからもそんな風に見られてますし」
「アリアンナは俺と結婚するのは嫌?」
「ふふ、どうでしょうね――」
そう言ったアリアンナは優しく微笑んでいて、俺は心臓をどきりと高鳴らせた。
そうやって俺は勇者候補として時間を過ごしていたのだ。
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