ザマァされたおっさんのリスタート! 幼女無双と再起のダンジョン ~どん底アラサー、最強鬼人幼女のヤバさに冷や汗をかきつつ師匠気取りで迷宮最下層を目指す。元仲間? ……助ける流れですか、これ?

帝国妖異対策局

序章 幼女無双

第1話 幼女、トロルを蹂躙す

 ゴウッ、と地鳴りのような咆哮が、湿っぽくカビ臭い空気を震わせ、石造りの回廊壁面に反響していった。


 ここはメジャイ王国の首都、迷宮都市カイロネスの地下深くに広がる巨大ダンジョン。その中でも特に厄介とされる第六階層、「重力回廊」と呼ばれる領域だ。


 回廊には一見すると何の変哲もない石畳が敷かれているが、この床石には巧妙な罠が仕掛けられている。


 床石の一枚一枚に、個別に重力操作の魔法が付与されているものと、そうでないものが混在しているのだ。


 魔法が掛かった石に足を踏み入れた瞬間、冒険者は重い鉄の鎧でも着せられたかのように体が急激に重くなり、動きが著しく鈍化する。


 しかも、どの石に魔法が掛かっているかは一定ではなく、周期的にその配置が変化するという悪辣さ。


 熟練の冒険者でさえ、ここでは一歩進むごとに床石の色や模様、あるいは微かな魔力の流れを慎重に見極め、常に変化する「重力トラップ」に警戒しなければならない。


 なにしろ襲ってくる魔物たちは、重力トラップの影響を受けずに、まっすぐにこちらに向ってくるからだ。


 まさに、一歩の踏み間違いが命取りになりかねない、死と隣り合わせの難所であった。


「くそっ……!」 


 柱の陰に息を殺して身を隠しながら、ガイノスは歯を食いしばった。


 脂汗が額を伝い、顎から滴り落ちる。


 Cランク冒険者、ガイノス( 29 歳)。


 かつてはBランク冒険者として、Aランク昇格を目前にしたパーティ「ダンジョンシーカー」を率いていた男。


 その頃は、自信と野心に満ち溢れ、怖いものなど何もないとさえ本気で思っていた。


 今の彼にその頃の面影はない。


 使い古された革鎧は、度重なる戦闘と手入れの怠りから泥と汗に汚れ、ひび割れすら見えている。


 顔には深い疲労の色が刻まれ、無精髭が伸び放題だ。


 何より、その茶色の瞳の奥には、拭い去ることのできない怯えと、底なしの絶望の色が淀んでいた。


 震える手で握りしめた剣と盾が、カタカタと頼りない音を立て、彼の内心の動揺を雄弁に物語っている。


 先ほども、重力魔法の掛かっていない安全な床石だと思って踏み出した瞬間、足元の石の魔力が切り替わり、体が猛烈な重力に引かれた。


 咄嗟に盾で床を突き、体勢を立て直したが、全身の骨がきしむような衝撃と、いつまた同じ目に遭うか分からない恐怖が、彼の心を蝕んでいた。


 以前の彼であれば、床石を見間違えるなんてミスはしなかった。


 身体にのしかかる重みが、自分の凋落ぶりをさらに自覚させ、ガイノスを落ち込ませる。


 この階層では、敵だけでなく、足元の一歩すら信用できない。


 ガイノスの視線は、柱から恐る恐る、前方の広間へと向けられていた。


 重力魔法が仕掛けられた床石が点在するその場所で、三体の巨大な影が、地響きを立てながら蠢いていた。


 トロルだ。身長は 3 メートルを優に超え、まるで緑がかった岩石を思わせる分厚い皮膚は、並の剣撃など容易く弾き返すだろう。


 その太い腕で振り回される巨大な棍棒は、一撃で地面を砕き、衝撃波と共に岩片を撒き散らす。広間の壁や床には、その破壊の痕跡が生々しく残っていた。


 その血走った赤い瞳が、飢えた獣のように鈍い光を放ち、周囲を睥睨している。


 奴らはやはり、この異常な重力環境に影響を受けておらず、重力魔法の掛かった床石の上でも、その巨体を揺るがせることなく、平然と闊歩し、獰猛さを失っていない。


(……無理だ……勝てるわけがない……!)


 ガイノスの全身を、氷のような冷たい絶望感が貫いた。


 もしBランクパーティのリーダーだった頃の自分なら、このフロアボスは十分に勝てる相手だった。


 ダンジョンシーカーの仲間――リリアの魔法による足止め、コルトの神聖術によるバフ、シルヴィの正確な射撃、そして――ポーターの的確なポーション補給やかく乱の支援によって、実際に何度も勝利してきた。


 だが、今の自分は違う。あの輝かしい日々は、自らの傲慢さと愚かな行いによって、遠い過去のものとなった。


 仲間を裏切り、追放し、その結果、自分自身もまたパーティから追放され、全てを失った。


 ランクは C に落とされ、信用も、金も、仲間も、何もかも失った。


 残っているのは、この使い古した武具と、過去の栄光にしがみつく矮小なプライドだけ。


 一体のトロルが、濁った赤い一つ目が、柱の陰に息を潜めるガイノスを正確に捉える。


 心臓が、氷の塊で握り潰されたかのように、ドクンと嫌な音を立てて縮み上がった。

 

(見つかった……! 終わりだ……! ここで……こんなところで、死ぬのか……!)

 

 体は、まるで床に縫い付けられたかのように動かない。純粋な恐怖が、彼の体を金縛りにしていた。盾を構えることすらできない。ただ、迫りくる圧倒的な死の気配に、なすすべもなく立ち尽くす。


 だが――。


 その絶望的な状況下で、ガイノスの隣に立つはずの小さな存在は、彼とは全く違う反応を見せていた。


 まるで、目の前の脅威など存在しないかのように。あるいは、それを取るに足らない障害とでも認識しているかのように。


 ガイノスが絶望に囚われ、硬直していたその隣で、小さな影は動いた。


 銀色のポニーテイルの後ろ髪は、毛先に向けて半分が黄色と赤のツートンカラーで染められている。


 銀髪で目立たないが、幼女の頭には白い小さな角は生えていた。

 

 小鉢。


 オレンジ色の瞳をトロルに向けるその幼女は、鬼人族と美人族の血を引くという、わずか八歳の少女。


 ギルドでの評判は最悪で嫌われ者だったガイノスを、冒険者パートナーに誘った変な子どもだ。


 幼女は、ガイノスとは対照的に、迫りくるトロルの脅威にも、周囲で不規則に変動する重力にも、全く動じる様子を見せなかった。


 その大きなオレンジ色の瞳は、目の前の巨大な敵を冷静に見据え、むしろ好奇心すら浮かべているかのようだ。


「おじさん、ここは小鉢にまかせてください」


 落ち着き払った、しかし子どもらしい少し舌足らずな声が、ガイノスの耳に届く。


 そこからガイノスが見たのは、信じられない光景だった。


 小鉢は、その小さな体で扱うにしては大ぶりな片刃の剣――《叢雲ムラクモ》というらしい――を、いつの間にか鞘から抜き放っていた。


 銀色のポニーテイルがふわりと揺れる。


 毛先から半分が黄色と赤に染められた特徴的な髪が、ダンジョンの薄暗い照明を反射して、一瞬、鮮やかな軌跡を描いた。


「ふんっ!」 


 小さな、しかし気合の籠った掛け声と共に、小鉢の体が動く。それは、まるで重力など存在しないかのような、驚異的な跳躍だった。


 重力魔法が掛かり、ガイノスですら動きを鈍らせるはずの床石を、彼女は軽い羽根のように蹴り、一体のトロルへと一直線に肉薄する!


「グオオオッ!?」 


 トロルも、目の前に飛び込んできた小さな獲物に気づき、反射的に巨大な棍棒を振り下ろした。


 風を切り裂く轟音と共に、すぐ傍の床を叩き割り、破片が飛び散る!


 だが、そこに小鉢の姿はない。


 まるで赤い閃光。彼女は、トロルの棍棒の軌道の下を、信じられない速度ですり抜けていた。


「不破寺流剣術『いわだち岩断ち』!」 


 凛とした声と共に、太刀叢雲が閃いた。


 銀色の刀身が、トロルの分厚い皮膚を、滑らかに切り裂いていく。

 

「ギ……ギャアアアアアッ!?」 


 両断されたトロルの、断末魔の絶叫が回廊に響き渡る。


 脇腹から大量の血飛沫を上げながら、その巨体がバランスを崩し、重力に引かれてゆっくりと傾いでいく。


 小鉢は、着地と同時に体勢を立て直し、油断なく次の敵――残る二体のトロルへと視線を向けた。


 その光景を、ガイノスは柱の陰から、ただ呆然と見つめていた。


 何が起こったのか、すぐには理解できなかった。


「ふたり目!」 


 小鉢は、倒れゆくトロルには目もくれず、既に次の獲物へと意識を切り替えていた。

 

 残る二体のトロルは、仲間の突然の死に一瞬怯んだようだが、すぐに怒りの咆哮を上げ、小鉢へと襲いかかる。


 左右から挟み撃ちにするように、巨大な棍棒が同時に振り下ろされた。


「危ねぇ!?」 


 思わずガイノスが叫ぶ。


 だが、小鉢の動きは、彼の心配を嘲笑うかのように、まるで常軌を逸していた。


 彼女は、迫りくる二つの棍棒のわずかな隙間を、まるで踊るようにすり抜ける。重力魔法が掛かった床石を巧みに利用し、予測不能な軌道で跳躍し、一体のトロルの背後へと回り込んだ。


「そこっ!」 


 再び《叢雲》が閃く。


 今度はトロルの首筋を狙った、鋭く、正確な一撃。


 ゴシャッ、という鈍い音と共に、二体目のトロルの巨体が、力なく地面へと崩れ落ちた。


 残るは一体。最後のトロルは、仲間たちが次々と倒されていく様に、ついに恐怖を覚えたらしい。その赤い一つ目が、明らかに怯えの色を浮かべている。戦意を喪失し、踵を返して逃げ出そうとした――が、遅かった。


「みっつめ!」 


 小鉢は、逃げるトロルの背中に向かって、再び驚異的な跳躍を見せる。空中で体勢を整え、落下する勢いを利用して、太刀を振り下ろした。


 ズンッ!


 重い音と共に、刀身がトロルの背骨を断ち切る。


 三体目のトロルもまた、声もなく崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。


 ここまでおよそ数十秒。


 ガイノスを絶望させた三体の巨大なトロルが、八歳の少女の手によって、完全に沈黙させられていた。


 辺りに漂うのは、血と臓物の生臭い匂いと、そして、戦闘が終わった後の、奇妙な静寂だけ。


 幼女は、太刀叢雲を振るって血糊を払うと、ゆっくりと鞘へ納める。そこだけは、小さな体のせいか少し苦労しているように見えた。


 幼女は、ガイノスの方へと振り返ると、にぱっと笑みを浮かべた。


「おじさん、おわりました!」 


 その笑顔は、年相応の、無邪気で、屈託のないものだった。


 先ほどまで、死線を潜り抜ける戦士のような凄みを漂わせていたオーラが、嘘のように消えている。


 ガイノスは、そのギャップに、眩暈すら覚えた。


 驚愕、恐怖、安堵、そして……自身の不甲斐なさへの、どうしようもない自己嫌悪。様々な感情が、彼の胸の中で渦巻いている。


(なんだ、このガキは? 化け物か!?)


 だが同時に、ガイノスの心の奥底で、別の感情が芽生え始めていた。


 それは、打算であり冷徹な計算。


 そして、一筋の……おそらく光。


(こいつがいれば……あるいは……)


 この幼女が一緒なら、まだ夢ではないかもしれない。


 ガイノスは、まだ震える足で、ゆっくりと柱の陰から姿を現した。


 目の前の少女――小鉢を見る彼の目には、もはや恐怖の色はなかった。


「すごいな、お前……」

 

 その声は、自分でも驚くほど、落ち着いていた。


「お前がいりゃあ、本当に行けるかもしんねーな。もっともっと深いところによ……」


 ガイノスは、この奇妙で、規格外で、そして利用価値のある「相棒」と共に、このダンジョンの深層を目指すことを、この瞬間、決意し、そして覚悟した。


 それが、彼にとってどんな物語なのか、希望かそれとも更なる転落への序章となるのか。それはまだわからない。


 ただ、どん底に落ちた男の、新たな物語が、


 今、確かに動き出そうとしていた。




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