第5話 王女様の固有スキル

「才能と言われましても……」


 私のスキル、ただのハズレスキルなんだけど。


「あの、事前に言っておくことがありまして」

「なに?」

「私、スキルを使うとすごく疲れちゃうんです。もしかしたら倒れちゃうかもしれなくて」

「問題ないわ。わたくし、力には自信があるから」


 王女らしくないことを口にし、それより、とイリスは苛立ちの混ざった声で言葉を続けた。


「わたくし、あまり気は長くないの。さっさとやってくれる?」

「……はい」


 深呼吸をし、ゆっくりと室内を見回す。それほど広くない部屋だ。この程度なら、部屋全体を対象にすることができるだろう。


 スキルの発動条件は人によって違うが、メーロの場合、手のひらをかざし、強く念ずることでスキルが発動する。


 大丈夫。どうなっても、きっとお昼ご飯は食べられるから。


 右手をかざし、目を閉じる。そして、心の中で思いっきり叫んだ。


 ―――片付けプリーレ


 全身のエネルギーが手のひらに集中し、そして、手のひらからまばゆい光が放たれる。

 光が部屋全体を包んだ次の瞬間、どっと疲れが押し寄せ、メーロはその場に座り込んでしまった。


 尻もちをつき、痛い……と呟きながら顔を上げる。

 部屋の中央には、室内のゴミや埃が山積みになっていた。生ゴミや液体がなかったためスキル発動前よりも汚れた……なんてことはないが、それだけだ。


 いつもよりは物が集まるのが早かった気がするけれど、それだけ。 

 イリス様も、がっかりしてるんじゃないのかな。


 メーロはそう思い、ゆっくりと視線をイリスへ向けた……のだが。


「すごいわ! 貴女、やっぱり天才じゃない!」


 きらきらと瞳を輝かせ、イリスが勢いよく抱き着いてくる。


 うわ、イリス様いい匂い……身体も柔らかい……。


 さすがは王女だ……なんてことをメーロが思っていると、ひょいっ、と横抱きにされた。俗にいう、お姫様抱っこというやつである。


「イ、 イリス様!?」

「歩けないんでしょう?」

「た、確かにそうなんですが……」


 スキル発動にエネルギーを使い過ぎたせいで、メーロの体力はほとんど残っていない。意識を保っているのがやっとで、立ち上がることは不可能だ。


 しかし。


「お、お姫様にお姫様抱っこされるなんて……」

「誰も見てないしいいわよ。それとも、引きずられる方が好みなの?」

「いえ、このままでお願いします」

「だったら最初からそう言えばいいのよ」


 満足そうに言ったイリスは、メーロを抱きかかえながらいつも通りに動いている。力に自信がある、という先程の言葉は真実だったのだろう。


 王女様って、そういうものなの……?


 美しすぎる見た目以外、イリスには王女らしいところがない気がする。

 もっとも他の王女なんて見たこともないから、メーロの認識の方が間違っているという可能性もあるのだが。


「それにしても、孤児院の人たちはみんな無能ね。どうしてこんなにすごいスキルを有効に活用できると思わなかったのかしら」

「……その、私も全然、有効活用できなかったんですが……」

「貴女はいいのよ。だって貴女は子供なんだから」


 子供……って、私もう18なんだけどな。

 それに、イリス様とだって1歳しか変わらないし。


「貴女のスキルは、使い方によってはとってもすごいスキルなの。わたくしと一緒に、そのスキルを多く人のために使いましょう?」


 人のためになにかをしたいと思ったことなんて、一度もない。

 ハズレスキルでがっかりしたのも、誰かの役に立てないからじゃなくて、自分自身の生活を思ってのことだ。


 やっぱり王女様って、私とは全然違うんだ。


「……はい」


 まだ、私のスキルが何の役に立つかなんて想像もつかない。別に、人の役に立ちたいわけでもない。

 ただ、イリス様がそれを望むのなら、悪くないと思えた。





 メーロを抱きかかえたままのイリスが廃墟の外に出た瞬間、遠くに人影……いや、見たことがない化け物の影が見えた。

 その影はあっという間に近づいてくる。緑色の肌に、豚みたいな頭。


「ああ、オークね」

「イリス様、あれ、まずいんじゃないですか!?」


 ここに暮らしていた監視員は、魔物に襲われて亡くなったと言っていた。


 それって、あの魔物のことなんじゃないの……?


「別にどうってことないわ。群れでもないし、オークなんて雑魚だもの」

「で、でもその、私今戦えませんよ!?」

「元々、貴女に戦闘能力なんて期待してないわよ」


 くすっと笑うと、イリスは緩慢な仕草で手のひらをオークへ向けた。

 そして、一言。


爆発エスプロジオーネ


 瞬間、イリスの手のひらから光の球が放たれ、そして、光の球に触れたオークは内側から爆発した。

 緑色の体液があたりに飛び散って、イリスが顔を顰める。


「汚れてもいい服装できて正解だったわね」

「イ、イリス様、今のって……?」

「わたくしのスキルよ。爆発。で、これでちょっとは分かった?」


 大爆発を生み出した手のひらで、イリスはそっとメーロの頬を撫でる。


「わたくしたちのスキル、すごく相性がいいのよ」

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