ハズレスキルのせいで最底辺生活を送っていたら、王女様に拾われました~実はこのスキル、最強の『サポートスキル』だったようです~

八星 こはく

第一章 底辺生活者のメーロ、王女様に拾われる

第1話 今日から、わたくしの物になりなさい

「ほらよ、今日の金だ。さっさと帰れ!」


 銅貨一枚と、目を背けたくなるような鋭い眼差し。

 それが、今日一日、朝から晩まで働いたメーロに対する報酬だ。


 投げられた銅貨を拾い、顔を上げる頃にはもう、レストランの扉は閉められている。とはいえ、文句を言うことはできない。

 そんなことを言えば、明日からの仕事を失ってしまうのだから。


「……どうしよ」


 薄汚れた手のひらの上に銅貨を一枚のせる。ありがたい。だけどこれでは、十分に飢えを満たすことはできない。


 大通りに出ると、賑やかな笑い声が聞こえた。

 腕を組んで幸せそうに歩く恋人たち、甘えて母親に抱き着く子供。

 そんなはずはないと分かっていても、道を歩く全ての人が幸せそうに見えてしまう。


「……お腹空いた」


 ぎゅる、と腹が鳴る。立ち止まると、周囲から人が消えていった。


「だめよ、あんな人見ちゃ!」

「本当嫌よねぇ。あんなに汚い格好でうろつかないでほしいわ」


 嫌悪と侮蔑の声には慣れきっている。別に平気だ。それよりもずっと、空腹の方が辛い。

 ふと通りがかった店の窓ガラスを見ると、みっともない自分の姿が目に入った。


 真っ白な髪は汚れて灰色になっているし、前髪が伸びすぎて顔はほとんど見えない。髪はぼさぼさで、痩せすぎた身体はみっともない。


「私のスキルが、もっといいスキルだったらな……」


 この世界の人間は皆、固有スキルを持つ。人それぞれが使える特別な技で、15歳になると教会で診断してもらえるのだ。

 メーロが教会で診断を受けたのは今から3年前。そしてその日、メーロは孤児院から逃げ出した。


『ここまで育ててやったのに、使えないゴミスキル持ちとはな!』

『お前は娼館に売り飛ばすからな。今まで育ててやった恩、ちゃんと金で返せよ』


 今でも目を閉じれば、そんな声が頭の中にこだまする。


 メーロが育った孤児院は個人経営の悪質なところだった。子供を育てるのは、優秀なスキルの人間を手に入れたいから。

 15歳になるとすぐに教会へ連れて行き、有能なスキルを持つ子を使って金を稼ぐ。役に立たないスキルを持つ子は売られる。


 メーロは後者だった。

 なにせメーロのスキルは『片付け』などという、ちっとも使えないものだったのだから。


 メーロの固有スキル『片付け』は、その名の通り、物を片付けるスキルだ。

 このスキルの難点は2つある。

 1つ目は、スキルを発動すると異様に疲れてしまい、酷い時には意識を失ってしまうこと。

 2つ目は、物を仕分けするわけではなく、ただ一か所に集めるだけである、ということ。


 試しに自室を対象にスキルを発動した際、室内のありとあらゆる物が一か所に集まった。

 ゴミだけではなく、本、文房具、食器類、服、飲みかけの水……結果として、スキル使用前よりも汚れた部屋を見て、メーロは絶望したものだ。


 身寄りがない貧しい生まれの人間でも、スキル次第では裕福な暮らしをすることができる。

 そんなメーロの希望はあの日、完璧に打ち砕かれたのだ。


「お肉食べたい……魚でもいい……」


 呟きながら、いつものパン屋へ向かう。

 銅貨一枚で、腐りかけのパンをもらうために。





「……なんだろ」


 家……と呼ぶのもおこがましい古びた集合住宅の前に、きらきらと輝く馬車がとまっている。

 しかも、馬車を引く馬は白馬だ。


 貴族の馬車だろうけど……こんなところに?


 メーロの家は、大通りから離れた治安の悪い場所にある。貴族どころか、裕福な商人ですら近づかないような立地だ。


 間違いなくなにかがあったのだろう。とはいえ、メーロには関係のないことである。

 明日も朝から清掃の仕事があるし、不味いパンを腹に突っ込んで、さっさと眠ってしまいたい。


 そう思ったメーロはいつものように家の中へ入ろうとした……のだが。


「貴女。そこの貴女よ。メーロ。姓は不明、ぺルラ孤児院出身のメーロ」


 馬車から聞こえてきた声に立ち止まる。見上げると、馬車の扉を開け、一人の少女が出てくるところだった。


 艶やかな黒髪に、ルビーのように赤い瞳。猫目が特徴的な絶世の美女。

 華やかなドレスを身に纏っているが、彼女の顔のせいで華美な装飾品は霞んでしまっている。


 どう見たって、こんな場所にくるような人じゃない。


 しかもなんで、私の名前を知ってるの?


「貴女がメーロね」


 目の前に歩いてくると、少女は躊躇いなくメーロの顎を人差し指で持ち上げた。


「わたくしはイリス。イリス・フォン・フリューゲルよ」

「フリューゲル……って……」

「ええ。わたくしはこの国の第三王女」


 堂々と宣言し、イリスは力強い眼差しをメーロへ向けた。


「貴女。今日から、わたくしの物になりなさい」

「……はい?」

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