#5 どっこいしょ

 楢木野ならきのラクナは、界隈で有名な凶悪モンスターであるワイルドボアを撃破した。

 ただ撃破しただけではなく、Eランクでソロ、探索用装備無し、ビンタでワンパン、まんぷくチャンス――。

 様々な謎ワードがSNSにて話題となり、気付けば配信視聴者は15000人にも膨らんでいた。


〝同接めっちゃ増えてて草〟

〝とんでもない新人がいると聞いて〟

〝どんな狂人かと思ったらめっちゃかわいい〟

〝注※可愛いのは間違いありませんが、モンスターを見てまんぷくチャンスとか言っちゃう狂人です〟

〝この子がワイルドボアをビンタでワンパンとか想像できんのだが〟

〝おいおい上級で装備無しとかまじ?ww〟

〝無課金少女とか言われてたけどガチやないかww〟

〝初見です、どうしてこの子は無課金装備みたいな恰好なんです?〟

〝すまんわからん。俺も初見なもんで〟

〝いやみんな初見なのよw〟

〝↑そのくだりもうやったぞwww〟


 コメント欄は、謎の狂新人について大いに盛り上がっている。

 そしてその狂新人は、例によって15000人もの視聴者に観られているとは気付いていない。

 相変わらず独り言を呟き、お腹をグーグー鳴らしながら、ダンジョンの出口を目指して進んでいた。


「……あ……」


 暫く道なりに進んでいたラクナだったが、突き当りに行きついて足を止めた。

 そこには巨大な鉄扉。

 設置された紫色の松明たいまつの炎によって、ゆらゆらと不気味に照らされている。


 その扉を目にしたラクナは、安堵の表情で息を吐いた。


「やったあー……やっと出口だあー」


〝まてまてまてw〟

〝楢木野ちゃん、それ出口やない、ボス部屋やw〟

〝ボス部屋キタアアアアアアア!〟

〝いや流石に引き返すだろ〟

〝まあ開ければ出口じゃないことは分かるしな〟

〝たしかに〟

〝上級ボスを生配信で拝めるだけでもなかなかレア〟

〝それはそう〟


 重厚な扉を両手で押し開ける。

 扉の奥に広がっていたのは、何もないだだっ広い空間。

 周りを見回しながら、部屋の中央へ進んでいくと、


 ――ブオンッ、ブオンッ。


 頭上から巻き起こる風圧。

 ラクナは前髪を押さえながら上を見る。

 

 そこにいたのは赤い龍。

 ワイルドボアをも凌駕する巨大な体躯で、大きな翼を羽ばたかせながらラクナを見下ろしていた。

 

〝え〟

〝は〟

〝うわああああドラゴンやん!!〟

〝うっわマジかよ!?〟

〝やばいやばいこれはやばい〟

〝すげえ迫力〟

〝よし逃げろすぐ逃げろ!〟

 

 上級ボスモンスター、獄炎龍レッドドラゴン。

 ドラゴン系のモンスターは希少種と呼ばれており、配信でもあまりお目にかかることは無い。

 攻略法などもあまり出回っておらず、出会った時点で攻略を諦める探索者もいるほどだ。


 獄炎龍を見て、画面越しですら畏怖で溢れるコメント欄。

 そんな中、ラクナは、


「やっと知ってるモンスターに遭えた! おーい!」


 まるで旧友と再会したかのように、満面の笑みで手を振った。

 

〝今日いちばんの笑顔で草〟

〝ドラゴンを見たリアクションじゃないだろこれはw〟

〝たまたま道端で会った同級生みたいなリアクションすな〟

〝知ってるってどういうこと?〟

〝配信とかで見たんじゃね〟

〝ドラゴンって配信でもそうそうお目にかかれないけどなあ〟

〝にしても緊張感なさすぎんか定期〟

〝ピクニック配信なので定期〟

〝上級ピクニックすぎてついていけねえ……〟

〝心配しながら見てる俺がおかしいのか?〟

〝大丈夫、俺も感情がぐちゃぐちゃだ〟


「グオァァァァァァァァァ!」


 獄炎龍が、部屋全体を振動させるほどの咆哮を放つ。

 続けて首をのけ反らせると、その口元が赤く光り始めた。

 

〝やばい、コレなんか来るか?〟

〝なんか攻撃きそう〟

〝予備動作や〟

〝たぶんブレスくるぞ〟

〝まてまてボス部屋入って速攻かよ〟

〝殺意マックスやん〟


 ドラゴン系のモンスターを攻略する際、ブレス対策は必須である。

 例えば耐熱や耐冷のある防具を装備したり、耐ブレス用のスキル持ちをパーティーに連れていたり。

 前衛が守りを固め、後衛が遠距離から攻撃を仕掛ける戦術も有効だ。


 しかし、楢木野ラクナの場合。

 装備は白い半そでのTシャツに八分丈のパンツ。

 ブレス対策はおろか、そもそも探索用の装備すら身に着けていない。

 加えて、単独ソロ

 当然守りを固めたとて、その間に攻撃へ転じる仲間もいないのだ。


 ――ブワアァァァァァァァァァッ!


 そして頭上から放たれる、灼熱の業火。

 逃げ場も無い広範囲の炎に、ラクナはなす術もなく包まれた。

 当然、配信画面も一瞬で炎まみれになる。


〝ぎゃあああああああああ〟

〝なんも見えねえ〟

〝ガチでこれ終わったやん……〟

〝無課金装備じゃ防ぎようねーしな……〟

〝だから逃げろとあれほど……〟

〝おお……まじか……〟

 

 絶望の色を見せるコメント欄。

 視聴者はオレンジ一色となった画面を、虚無の表情で見つめていた。


「どっこいしょおぉぉぉぉぉ!」


 その時、ラクナの叫び声が響く。

 同時にという音が聞こえ、直後――


 ――ボカアァァァァァァァン!


 爆発音が鳴り響いた。


 業火が止み、配信画面には黒い煙の漂うボス部屋が映し出される。

 「よしっ」と小さくガッツポーズをするラクナ。

 対して頭上には首をのけ反らし天を仰いでいる獄炎龍。

 龍の頭は真っ黒に焦げており、その口にはデカいリュックが詰め込まれていた。


〝は??〟

〝え??〟

〝すまんなにが起こった??〟

〝うおおおなんか知らんが楢木野ちゃん無事だ!!〟

〝てゆーか楢木野ちゃんなんか叫んでなかった!?〟

〝爆発音聞こえたけど!?〟

〝ドラゴンの頭、丸焦げですけど!??〟

〝何故かクソデカリュック咥えてますけど!????〟


 炎しか映し出されていなかった間に、一変している状況。

 当然、コメント欄は大混乱の嵐となっていた。

 加えてドラゴンは希少種。

 攻略法などもあまり出回っていないため、視聴者は何が起こったのか想像もつかない。

 そんな中、


〝レッドドラゴンの口内には炎を作り出すための火炎袋がある〟

〝そこをブレスの最中に塞ぐことで炎は行き場を失くし、暴発させることが出来る〟

〝楢木野ラクナは担いでいたリュックで炎を防ぎつつ、そのまま口へ投げ込んだことで火炎袋を塞ぎ、暴発を引き起こしたんだと思う。その頑丈なリュックの素材が知りたいところだけど〟


 突然、やたら詳しい解説がコメント欄に投げ込まれた。


〝!?!?〟

〝なんかいま解説ニキがいなかったか!?〟

〝すごそうな解説を見た。けど一瞬でないなった〟

〝解説ニキーー!行くなーーー!〟

〝あまりにも速すぎる解説。どんな奴でも見逃しちゃうね〟


 残念ながらその解説は、コメントの濁流にハイスピードで飲み込まれて行った。

 それもその筈、現在の視聴者数は30000人を超えている。

 爆発的に伸びている要因はいくつかあった。

 有名な探索者の配信でもドラゴン種を拝めるのはレア中のレアであること。

 その上、挑んでいるのはダンジョン初潜入の無課金少女であること。

 加えてその他多くの謎ワード達がSNS上でトレンド入りをし始めていること。

 あらゆる要因が話題を呼び、狂新人ラクナの噂は加速度的に広まっていた。

 

「グオァァァァァァァァァ!」


 獄炎龍は顔から黒煙を噴き出しながら、リュックを吐き出し咆哮すると、


 ――ズシィィィィィィン!

 

 大きな衝撃と共に、地上へと着地した。

 巨大な翼を大きく広げ、その眼は怒りを露わに血走らせている。


〝ひいいい生きてたあああああ〟

〝ドラゴンさん全然元気ですやん〟

〝それどころかガチギレっす〟

〝こっからどうするつもりなん?〟

〝いやそれなんよ〟

〝もうそろそろ逃げないか楢木野ちゃん……〟

 

 視聴者の恐怖と不安のコメントを余所に、ラクナは既に次の行動へと移っていた。

 獄炎龍が地上に降りると同時に駆け出し、一瞬で懐に入り込んだのだ。

 そして拳を構えると、


 ――ボゴオォォォォォォォォン!


 まるで爆発の様な轟音がダンジョン内に響く。


「グギャアァァァァァァァァ!」

 

 同時に、獄炎龍の叫び声。

 首をのけ反らせて絶叫している。

 その真下には、拳を突き上げるラクナの姿があった。


〝うおおおおおおまじかあああああ!〟

〝すっげえ音してたぞww〟

〝ドラゴンさん、一瞬カラダ浮いてなかったか!?ww〟

〝てゆーかドラゴン相手にも素手なんやw〟

〝すまん心配した俺がバカだった、やっぱこの子バケモンや〟

〝まじでドラゴンをソロ攻略すんのかこの子……?〟 


 ――ドドドドドドドドドドド!

 

 その後もラクナは攻撃の手を緩めない。

 連続で拳を入れ続け、とうとう獄炎龍は叫び声すら上げなくなった。

 

 誰もが勝利を確信した、その時――。


 ――ブウゥゥーン。


『――ビビー……警告……ダン……内にて『接続』が発生しマ……。現在このダンジョー……は上級ダンジョンに区分……ガー……れていまス。大変危険ですので速や……ガー……に――』


 ボス部屋に、誰も予想していなかった、招かれざる乱入者が現れたのだった。





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