第5話「雑魚狩り」

 ライラさんに散々ちょっかいを掛けられて、彼女が寝るまでほとんど一睡もできなかった夜が明けた次の日。


 焚火の後処理をした俺は土地勘のあるライラさんの案内の元、森の中にあったあぜ道を通ってすぐ近くにあった街道に出た。ライラさんが来ていた衣服は見るからに商談用で移動に適した服装ではなかったため、街道に出た後は俺が彼女を背負って最寄りの村まで移動することになった。


 また、彼女を背負うと両手が塞がってしまうため、カミサマからの転生特典である出自不明の日本刀はライラさんに持ってもらっている。


「それにしても珍しい剣ですね、エンリが持っているこの剣は」


 背中から難問を解いているような唸り声とライラさんの声が聞こえてくる。ちらりと顔を動かして背中を見ると鞘に入れたまま手渡した日本刀をライラさんが難しそうな顔で色々な角度から眺めている。


「それ、前の世界で俺が住んでいた国に伝わっている伝統的な剣なんですよ、日本刀って言うんです」

「ニホントウ……やはり聞いた事もない名前ですね、私の家は生活用品から武器まで幅広く扱っているのですが、似ている剣で言えばシミターでしょうか」

「結構、スパスパ切れるので鞘から出さないでくださいねライラさん、キレイな手が怪我してしまいますよ」


 一時間ほど彼女を背負って街道を歩いて行くと小麦畑に囲まれたのどかそうな村が見えてきた。オレンジ色の傾斜の付いた屋根や所々崩れた石の塀がなんともノスタルジックな雰囲気を醸し出している。


「ライラさん、着きましたよ~。ここがライラさんが言っていた最寄りの集落ですか?」

「ええ、そうです。ご苦労様、エンリ。リッジ村と言って私の家がある街からほど近い場所にあって、よく立ち寄っているのです」


 背中から降りて俺に日本刀を手渡したライラさんは馬車の荷車からくすねてきた木のサンダルをかつかつと鳴らして村の方へと近付いて行くが、少し歩いて動きが止まった。


「ライラさん?どうしたんですか」

「しっ…………静かに、エンリ」


 彼女の表情がみるみると曇っていく。彼女は足音を立てないように村へ近付き、村の中央部を覗き込むとその顔に緊張の色が走った。ちょいちょいっと手招きして俺を近づけたライラさんは小声で簡潔に状況を伝えてくれた。


「エンリ、村の中央部分に見慣れない男たちが居るわ……多分」

「ライラさんを誘拐した盗賊団ですか」


 ライラさんは苦々しい顔で頷いた。なんだ、だったら簡単なことだ。そんなに表情を曇らせることもない。


「じゃあ、俺が全員斬り殺せば問題ないですね」

「エンリ……!相手は何人居るかも分からないのよ、正面から行くのは危険よ」

「大丈夫ですよ、全員殺してすぐに戻って来ます。多分、村の人たちはどこか一カ所にまとめられて監禁とかされてるんですかね、略奪の邪魔にならないように」


 日本刀を左手に持ち、ライラさんには小麦畑の中で隠れてもらうようにお願いする。ライラさんは何か言いたそうな顔をしていたが、言葉は吐き出さずにそのまま俺を信じて小麦畑の中に隠れてくれた。


 さてと、さてさて、何人居るかは分からないが。一匹悲鳴を上げさせれば、あとは仲間を救うためにわらわらとぞうり虫のように集まって来るだろう。……いや、なんだよ悲鳴を上げさせればって、なんか俺の思考ちょっと物騒すぎない?


 転生特典で戦えるようになった代わりに戦闘になると思考が極端になる、みたいな感じなのか。まぁ、何はともあれ盗賊達を早くなんとかしよう。


 日本刀を持ちながら村の中を歩いて行くとすぐに村の中心部分にある広場へと到着した。だが、人の姿は一つもない。あれ、おかしいな、ライラさんが見た時は人が居たって感じの話しだったはずだが。


 するとすぐ近くの家の扉がいきなり吹き飛び、中からゲームの中でしか見た事のないような見事な火の玉が一直線に飛んでくる。あぁ、なるほど、待ち伏せか。


 思考が現状に追い付くよりも先に身体が勝手に動く。体をねじり腰を切って、最短最速の動きで抜刀するとそのまま火の玉を下から上へと斬り上げて真っ二つにする。刀によって真っ二つになった火の玉は制御を失ったようにゆらゆらと揺らめいてその姿を消した。


「はっはっはっは!なるほど、なるほど。部下の言う通りにとんでもねぇガキのようだな!」


 あっちぃ、いきなり火の玉飛ばしてくんなよ。火葬されるところだったわ。しかも、扉ぶっ壊してまで待ち伏せやるなって、これ直す村人の人が可哀想だろう。


 火の玉を半分に切ると村にある家の裏手や屋根の上からぞろぞろと昨日見たようなガラの悪そうな男たちが姿を現した。その中でも一段と荒くれてそうなガラの悪い男が豪快に笑いながら、悠然と姿を現して俺に近付いて来ている。


 男は右手には斧、左手にも斧という感じで蛮族ビルドの頂点のような恰好をしている。


「おじさん達、ライラさんを捕まえていた盗賊団と同じ人達?」

「あぁ~ん?そうだと言ったら、どうすんだよガキ。まさか、お前独りだけでこの人数を不意打ちせずに相手するっていうのかぁ?」


 ぎゃはははは!と男たちが馬鹿にしたような笑い声をあげる。ちらりと周りへ視線を向けると男たちの数は二十人近くは居るように見える。各々が武器を持っており、中には杖や見るからに魔導書っぽい本を構えている人間も見える。


 おそらく、さきほどの火の玉は魔法で作られたものなのだろう。やっぱりすごいなぁ、魔法って。何でもありじゃん、水のない場所でこれほどのって言われるくらいの水魔法使って濁流起こそうぜ。


「おい、ガキ。悪いことは言わねぇ、降参しろ。お前さんほど強いならウチの盗賊団でも充分やっていけるぜ」


 リーダー格の盗賊がニヤニヤと笑いながら、バカにした声色でそう言った。どうせ隙を見せた瞬間に殺しにかかってきて、よくて半殺し、悪くてぶっ殺しってところだろう。


 こういうズルい大人っていうのはどこの世界にも居るもんだ。もっとも、前世では俺もこういう手合いに近いようなもんだったが。SNSと炎上と虚飾の蔓延る前の世界では、誰でもズルい大人であったと言えるかもしれないな。


「間違ってもオレと戦おうなんて思っちゃいけねぇぞ、オレはな他の奴らとは違って―――『スキル』を持ってんだぜ」


 スキル、聞いた事のない単語が聞こえてきた。おそらく魔法とは別方向のこの世界独自の能力のことなのだろう。前の世界準拠で考えれば、すごく力が強いとか剣術が得意とかそういう感じか。いいね、未知のものがドンドン出てきて、俺わくわくしちゃうよ。


 左手に日本刀を持ち、右手で優しく柄を握りこむ。軽く頭を左右に動かして、俺を囲んでいる人間の数と場所を把握する。目の前で俺が降参すると高を括っている盗賊のリーダーへは三メートルと半分の間合い、普通に抜刀して斬りかかるには遠い距離だ。


「おい、ガキ、いい加減武器を降ろして……」


 だから、自然に動く身体に任せて『目の前の男を斬る』ことにだけ集中する。


 だらりと糸の切れた人形のように、頭の先からつま先まで一瞬にして力を抜く。ぐにゃりと身体がたたまれて行き、重力に任せてふらりと身体が前に倒れる。


 顔面が地面に触れるその寸前に右足を差し込むようにして前へすり出し、前身した勢いそのままに抜刀した。振りぬくようにして恐ろしい速さで抜刀された刀は盗賊のリーダーの右あばら骨、左上腕の骨を斬り裂いた。盗賊のリーダーの悲鳴が聞こえてきたのは俺が刀を鞘にしまってからのことだった。


「う、うで!オレのうで!?うわぁぁぁぁぁぁ!?!?ど、どうして、どうしてあそこにオレのうでが!?」

「さぁ、どうして腕がここにあるんですかね、不思議ですね」


 突然の出来事に困惑し、ただ茫然と斬り飛ばされた腕を眺めるしかできない盗賊のリーダーを蹴り飛ばして周りに居る部下の人間達へ視線を向ける。どうやら、あまりに一瞬の出来事だったせいで部下の人間もどうすればいいのか困惑し、同時に恐怖心を感じているようだった。


 統率を失った群れをどう始末すればいいのか、俺はなぜか理解していた。


 思考する隙間を与えない。統率を失った群れはいわば一種の思考停止状態。まな板の上の鯉。即断即決、殺すのならば最短最速の距離を走って首をはねる。


「【頑強】持ちのこのオレが一撃でぇ……ぐぁぁぁ、いてぇ、いてぇぞ、クソが…………おい、お前ら!ブッコロせ!このイカれたクソガキを今すぐコロせ!!」


 リーダー格の男がそう叫んだ頃には、俺は三人目の部下の首を跳ね飛ばしていた。先に襲い掛かってきたのはそっちの方だ、であればこの場に居る全員を殺すのはいわば常識、当たり前のことだろう。

 

 剣を払いのけて首を断ち、飛んでくる魔法の炎や氷を斬り裂いて首を断ち、恐怖のあまり動けなくなった者の胴体へ刀を刺し、リーダー格の男が言う所の手塩に掛けて育てた集団はものの三分で壊滅した。


「そんな……そんな……バカな!オレが手塩に掛けて育てた盗賊団がぁ!!」


 屋根の上に残っていた命乞いをしてきた盗賊の首を跳ね飛ばし、たんと軽やかに屋根から地面に着地して、信じられないモノを見るような表情をしている最後の生き残りに近付いて行く。


「さて、盗賊団の大将。言い残すことはありますか」

「ふ、ふざけんなよ、こんなバカなことが……お、おまえ、おまえは何者だぁ!!」

「俺はライラさんの付き人、エンリ。これで満足ですか、では」

「やめろ、やめろ、やめてくれ!頼む、命だけは……!」


 こうして、リッジ村を襲った盗賊の一団は一人の男の手によって姿を消したのであった。

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