4-3 高田健司

 その話を高田たかだにしてしまったのはどうしてだろうか、と西園寺さいおんじはよく思い返す。あのとき、高田に話さなければ、そもそも高田はサルベイションのことを調べるなどと言い出さなかったというのに。そして、最終的に死ぬこともなかったのに。苦い後悔とともに、西園寺はそのときのことを思い出す。

 中村なかむらとサルベイションの話をした、数日後だった。西園寺は高田とチェーンの居酒屋で落ちあった。

 二人で酒を飲みつつ夕飯を食べるのは、よくあることだった。フリーのジャーナリストだった高田とは、なんだったかの取材で出会って、その後も個人的に連絡を取り合うようになった。うまがあったとでも言おうか、お互いに気楽に話せる相手だったのだ。

 それでよく、仕事帰りに一緒に居酒屋に行ったりするようになった。それは仕事のちょっとした愚痴だったり、将来の展望だったり、あるいは全く関係ない気楽な馬鹿話だったりした。もちろん、お互いの仕事に関しては話せないこともあったけど、それでもいろんな話をした。そういう間柄だった。

 その日も、お互いの仕事の大変さなんかを肴にビールを飲み交わしていた。高田はそんな愚痴を言うときだって、それでも自分の仕事に燃えていた。自分の仕事に誇りを持っていたと言っても良い。そういう部分は、多少の暑苦しさもあったけれど、高田の好ましいところだと西園寺は思っていた。

 ふと、会話が途切れる。西園寺は煙草を取り出して火をつけた。高田はグラスのビールを飲んだ。西園寺は煙草の煙を吐き出して、そのときにふと、中村と話したときのことを思い出した。それで何気なく言ったのだ。

「高田、お前サルベイションて知ってるか?」

 グラスを置いて、高田は西園寺を見た。

「サルベイション? ああ……美人教祖とかって噂の」

「そう、それだ。この間、ちょっと気になる話を聞いてな」

 西園寺は煙草を咥えると、店内を見回した。酔客が楽しく騒ぐ賑やかな声が店内には満ちている。誰も西園寺と高田の話を気にしている者はいなかった。

「何かヤバい話か?」

「どうだろうな。ただ……そこの信者で、行方不明になった人がいる」

 高田は顔をしかめると、周囲を気にするようにわずかに西園寺に身を寄せた。

「行方不明とは、穏やかじゃないな」

「その人の奥さんが大学の同級生なんだ。相談されたんだが、正直俺にはどうにもできなくて。まあ、気にしておくよ、とは言ったんだが……気休めにもならなくってな」

 西園寺は灰皿の上で灰を落とす。ゆらり、と煙がたちのぼるのを視線で追った。ちょっとした愚痴のつもりだった。だから忘れてくれと言って終わりにするつもりだった。けれど、西園寺がその言葉を口にするよりも先に、高田が身を乗り出してきた。

「詳しく、聞かせてくれないか」

 その視線の真剣さに、西園寺はわずかに戸惑った。そのまま、話さないでおくべきだった。けれど西園寺は、深く考えずに高田の何かに役に立つのならと話すことを選んでしまった。

「その人は、数ヶ月前からサルベイションの集まりに行くようになった。最初は会社の人の付き合いで、という話だったが、だんだんのめり込んでいったらしい。家にシンボルマークか何かを飾るようになって、夫婦喧嘩になったと話していた」

 高田は視線を鋭くして、何か考えるように西園寺の話を聞いていた。先ほどまでの、ビールで酔っている様子はもう、ない。西園寺は煙草の煙を吸い込んでから、続きを話す。

「その日も、サルベイションの集まりに行くと言って家を出たらしい。けど、それっきり家に戻っていない。警察の調べでは、当日サルベイションの参加者の中に当人の名前はなかったのだとか。サルベイションが怪しいとも言い切れないが、無関係と切り捨てるのもまた難しい」

「そうか……」

 難しい顔で、高田はグラスのビールを飲み干した。酔って赤くなった頬とは不釣り合いな、鋭い目つきをしていた。

 周囲は相変わらず騒がしい。酔っ払いの能天気な笑い声が響いている。

「なあ、西園寺。その話、俺が少し調べてみても良いか?」

「それは……」

 思いがけない言葉に、西園寺も一気に酔いが冷めた。煙草を灰皿に置いて、高田を見る。

「西園寺、お前には迷惑をかけないようにするから」

「迷惑なんか思っちゃいないが……」

 このときの戸惑いのまま、高田を止めていれば、と今でも西園寺は悔やんでいる。それでも高田は、真剣な目つきを西園寺に向けていた。

「サルベイション、何かあるような気がするんだ。今はまだ勘でしかないけど……いや、ただの勘であってくれれば良いけど。それに、美人教祖に信者の行方不明だなんてこの上なくキャッチーだろう」

 高田は軽い口調で言ったが、実際はその行方不明者を真剣に気にかけているのだと、西園寺にはわかっていた。良くも悪くも真面目な男だった。

 だからこのときの西園寺は、高田を止めることもなく苦笑しただけだった。それが後にどれだけの悲劇に繋がるかを知っていれば、何がなんでも止めただろう。けれどそのときは、高田の真剣さや有能さに期待すらしていた。

「まあ、お前のことだ。俺がなんと言おうと調べるんだろう。その奥さんの連絡先を教えるよ、俺の名前を出して良い」

「ありがとう。何かわかったら、お前にも教えるよ」

 きっかけはそう、西園寺の愚痴だった。その事実が余計に、ひどい後悔となって今も西園寺を苛んでいるのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る