40

  ひとつは私の白いスマホ。お気に入りのケースもついてる。ディスプレイにはびくともしない数字が四つならんでいた。


 そして。


 もうひとつは、黒いスマホ。大画面のディスプレイには、細かな文字がなんだかびっしり浮かんでいる。身に覚えのないケースもついていた。


 はて? これは誰の?


 私が小首をかしげていると、頭のうえで声がした。


「あの」


 どこかで聞いた男の人の声だった。反射的に頭のなかをサーチする。


「それ」


 次の瞬間、私はびくっとなってしまい意識の外で顔をあげた。


「拾ってもらって、すみません」


 おおおおおおおおおお――


 例によって文字化けみたいなへんな悲鳴を、心のなかで私はあげた。だって私の目のまえには、あの男の子が立っていたのだ。


 どどどど、どうしよう。


 心のなかで、どもりまくった悲鳴をあげる。


 電車の男の子が私に気づいてしまった。


 っていうより、いきなり話しかけてきた。


 やばい。


 これは、想定外だ。


 顔とかちゃんとできてるかな? 口とかぽかんと開いていたりしてないよね。


 完全パニック状態の私は、そんなことばかりが気になる。


 どうしよ、どうしよ。


 シートのうえであたふたしては打開策を模索する。きっと今ごろ緊急停車のJR職員もこんな感じで、あたふたしてたりしてるのだろう。


 イケメンの男の子は、きょとんとこちらを見つめていた。


 ぶつかり、つながり、からまる視線。


 フリーズしていて眼球さえも動かせない。


 座る私と、その目のまえで立っている男の子。見つめあった時間は体内時計で百億万秒。ビッグバンから地球が生まれ恐竜と原始人が現れて文明が発達し戦争が起こって現代になる。そして、それが日本の首都の夜の電車に収束される。


 やばい。そうだ。なにかリアクションをしなければ。


「あ、あの……」


 私は妙に勇んでしまい、電車の座席からわずかに腰を浮かせてしまった。


「昨日はごめんなさいでしたっ」


 野球部の中学生みたいな、むちゃくちゃな文法で勢いよく頭をさげる。思いのほか大きな声も出てしまう。


「はい?」


 ひっくり返った声に私があわてて顔をあげると、男の子の顔には巨大なハテナマークが描いてあった。


 どうやら私があやまった理由がぜんぜんわかっていないらしい。


 私はもう、とっくの昔に冷静な判断なんてできなくなってしまっていた。早口で、ざんげの言葉を一気にまくし立ててしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る